木曜日, 10月 01, 2009

アブシンベル神殿

やって来ました、アブ・シンベル神殿。世界遺産マニア(笑)としては、外せないスポットです。というのも、アスワンダムのくだりで書いたように、ダム建設計画で水没の危機にあったものを、ユネスコの国際的な救済活動により、約60m上方、ナイル川から210m離れた丘に移築されたという歴史があり、このことが、世界遺産の創設のきっかけとなったからです。もともとは岩壁をくりぬいて建造されていたものを、移築場所にコンクリートで人工のドームを作り、神殿を正確に分割して移送、再度組み立てたという、途方もない作業が4年かけて行われたそうです。
その後、アブ・シンベル神殿は世界遺産の象徴的な存在となっています。
アブシン・ベル神殿は、大神殿(写真上)と小神殿(写真下)からなり、いずれも、かのラムセス2世が建てました。スーダンとの国境近くにあるアブシンベルは、古代エジプト時代でも王国の南端であり、ラムセス2世がその権力を国外に見せ付けるためにこの土地に神殿を建てたといわれています。大神殿は太陽神ラーを、小神殿はハトホル女神を祭神としていて、小神殿は最愛の王妃であり、絶世の美女、ネフェルタリのために建造されたそうな。いやはや、これをそっくり移築させてしまう技術40年前のもすごいけれど、3000年以上前に 建てた古代エジプト人の力は想像を絶します。
建設後、長い年月の間に砂に埋もれてしまった神殿が発見されたのは、1800年代に入ってから。そのおかげか、移築したおかげか、保存状態はものすごくよかったです。移築の際に、一部崩れた箇所も修正する計画もあったらしいのですが、結局発見された当時のままで復元されています。
残念ながら、内部は撮影禁止ですが、かすかに切り出した後らしき直線の傷が伺えるところもありますが、解体したとは到底思えない・・・。
大神殿の入り口に四体並んだ像は、いずれもラムセス2世で、一体一体微妙に異なり、若い頃から年老いていく姿になっているともいわれています。その前は家族の像も並んでいます。 内部の壁には、王の業績や儀式の様子、有名なカディシュの戦いやシリア・リビア・ヌビアとの戦いの様子がレリーフとして刻まれています。一番奥には、プタハ神、アメン・ラー神、ラー・ホルアクティ神、そしてラムセス二世の像が並べられており、年に2回、2月と10月に神殿の奥まで日の光が届き、神殿の奥のこの像を明るく照らすのだそうです。移築の際に、もともとの日から、1日ずれてしまったらしいのですが、その2回とは元は2/22と10/22でラムセス2世の生まれた日と、王に即位した日という神秘的なお話も聞きました。
日が沈むまで、ゆっくり過ごして、暗くなってから音と光のショウを観覧してホテルに戻りました。
これまでの遺跡もすごかったけれど、やっぱりアブ・シンベル神殿を見たときが一番衝撃的だったかも。まだ、興奮冷めやらぬ、という気持ちです。

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